“体力”は筋力だけじゃない。仕事の体力を測る
この記事では、一般のビジネスパーソン向けに
• そもそも「疲れにくい体」とは何か
• 仕事の体力(仕事で粘れる・回復できる力)を測る指標はあるのか
疲れにくさ改善に効果が出やすい「3本柱」
• 睡眠
• 定期的な運動
• CBT(認知行動療法)/マインドフルネスを、できるだけ分かりやすくまとめます。

そもそも「疲れにくい体」とは?
疲れにくい体=「疲れない」ではなく、“落ちにくい・戻りやすい”状態
この記事でいう「疲れにくい体」は、次の3つがそろった状態です。
1. 同じ仕事量でも、疲れの立ち上がりがゆるい
2. 疲れても、一晩〜数日で回復しやすい
3. その結果、仕事のパフォーマンスが落ちにくい
ポイントは「体力(筋力やスタミナ)だけ」ではなく、回復力と仕事パフォーマンスの維持まで含めることです。
疲労は「身体だけ」の話ではない
疲労の研究を広く整理したスコーピングレビューでは、疲労の次元として「身体」「認知(頭)」「感情」「やる気」など複数の側面が挙げられています。
つまり、仕事の疲れは
• 体の疲れ(だるい、動きたくない)
• 頭の疲れ(集中できない、判断が遅い)
• 気持ちの疲れ(イライラ、不安、落ち込み)
• やる気の低下(取りかかれない、先延ばし)
がセットで起きやすい、ということです。
「仕事の体力」を測る指標はあるの?
医療・産業保健・職場の研究では、疲れや仕事パフォーマンスを**質問票(尺度)**で数値化することがよくあります。ここでは、特に有名で研究実績が多いものを5つ紹介します。
指標① MFI-20:疲れを「種類別」に分けて測る
MFI-20(Multidimensional Fatigue Inventory)は、疲労を5つの側面(全般・身体・精神・活動性低下・意欲低下)で測る20項目の質問票です。
役に立つ場面
「体が疲れているのか」「頭が疲れているのか」「やる気が落ちているのか」を切り分けたいとき。
指標② NFR:仕事終わりの“回復が必要な度合い”を測る
NFR(Need for Recovery after work)は、「仕事の後、どれくらい回復が必要か」を測る尺度です。VBBA(仕事の経験と評価の質問票)では 11項目のYes/Noで構成されます。そして重要なのが、NFRが高い人ほど将来の病欠(sickness absence)が増えやすい、という前向き研究があることです。
役に立つ場面
NFRは「倒れる前のアラーム」になりやすい指標です。
指標③ OFER:今日の疲れ/蓄積疲労/回復を分けて測る
OFER(Occupational Fatigue Exhaustion/Recovery)は、
• その日の終わりの急性疲労
• じわじわたまる慢性疲労
• 勤務の合間で回復できているかを分けて捉えるために開発された尺度です。
役に立つ場面
「一時的に忙しいだけ」なのか、「回復できずに疲れが積み上がっている」のかを見分けたいとき。
指標④ WAI:仕事に耐えられる“総合力(仕事能力)”を測る
WAI(Work Ability Index)は、仕事の要求(身体・メンタル)に対して、自分の健康状態でどれくらい対応できるかを総合評価する指標です。合計スコアで「優・良・中・低」などに分類されます。
役に立つ場面
WAIは「仕事を続ける体力・健康の総合点」を測るイメージです。
指標⑤ WLQ:健康のせいで“仕事の生産性がどれだけ落ちたか”を測る
WLQ(Work Limitations Questionnaire)は、健康問題が原因で仕事の遂行にどれくらい支障が出ているか(=プレゼンティーイズム)を測る質問票です。WLQには、スコアを**生産性ロス(何%落ちているか)**として推定する考え方があり、職場研究でも使われています。
「疲れにくさ」を上げるのに効きやすい“3本柱”
いろいろな健康法がありますが、研究の蓄積(メタ分析やRCT)を踏まえると、疲れにくさに効きやすい柱は次の3つです。
1. 睡眠
2. 定期的な運動
3. CBT/マインドフルネス
最優先:睡眠(仕事の体力の“土台”)
睡眠が足りないと、仕事はどれくらい落ちる?
日本の職場(東京の17オフィス、参加者2897人)で、WLQ短縮版(WLQ-SF)による生産性ロスと睡眠の関係を調べた研究があります。
その結果、7〜8時間睡眠の人に比べて
• 5〜6時間睡眠:生産性ロスが 約6.8% 大きい
• 5時間未満:生産性ロスが 約10.5% 大きいという関連が示されました。
これを1日8時間勤務(480分)に置き換えると、
• 6.8% ≒ 480×0.068=32.64分(約33分)
• 10.5% ≒ 480×0.105=50.4分(約50分)
つまり睡眠不足は、体感よりも大きく「仕事の出力」を削っている可能性があります。さらに別研究では、「平日に削った睡眠は、休日に長く寝ても埋め合わせしにくい」ことが示唆されています。
睡眠が乱れると、事故やケガも増える
睡眠問題と労働災害をまとめたシステマティックレビュー&メタ分析では、睡眠問題がある労働者は、仕事中のケガのリスクが1.62倍(RR 1.62)と報告されています。
仕事の体力は「集中力」や「判断」も含むので、睡眠は安全面にも直結します。
効率的な睡眠改善:まずは“睡眠の土台3つ”
最短で効きやすい順に並べると、次の通りです。
① 起きる時刻を固定する(休日も±1時間以内)→ リズムが安定すると、寝つき・日中の眠気が改善しやすい。
② 就寝前90分の「脳の興奮」を下げる
• 強い光の画面(スマホ・PC)
• 重い仕事メール・議論系ニュース
を避ける。
③ カフェインの“締め切り”を作る→ 目安は「就寝の6時間前まで」。
第2位:定期的な運動
運動は「体力のため」だけではありません。
研究では、運動が疲労感の低下や活力(vitality)の上昇に関係することが示されています。
運動介入のRCTをまとめたシステマティックレビュー&メタ分析では、運動は対照群に比べて
• 疲労感:g = −0.374(小さい〜中くらい改善)
• エネルギー:g = 0.415(小〜中くらい改善)
• 活力:g = 0.537(中くらい改善)
と報告されています。
忙しい人向けの「最小構成」
“続くこと”が最重要なので、まずはこれでOKです。
• 週3回 × 20分の早歩き(会話できるが息は少し弾むくらい)
• 週2回 × 10分の筋トレ(スクワット・腕立て・背中系を軽く)
運動は「やればすぐ元気」というより、**6週間〜でじわじわ効いてきやすい領域です。
頭の疲れに効く:CBT/マインドフルネス
仕事の疲れは、身体よりも「頭と感情」が原因で増えることが多いです。
• 不安でずっと考え続ける
• ミスが怖くて確認が止まらない
• 予定が詰まって焦り続ける
• うまくいかないことを反芻する
こうした状態は、身体より先に脳が消耗します。
職場マインドフルネスは、ストレスや燃え尽きに効果
職場のマインドフルネスプログラム(MBPs)をまとめたメタ分析では、ストレス・燃え尽き・精神的苦痛などの改善と、ウェルビーイングや仕事満足度の向上が、**小〜大の範囲で報告されています。
また、職場のマインドフルネス訓練のRCTメタ分析でも、ストレスや不安、心理的苦痛、睡眠などに改善が見られたとまとめられています。
今日からできる“超ミニ習慣”
• 1日3分の呼吸(目を閉じて、呼吸だけ数える)
• 頭の中のモヤモヤを「メモに出す」(CBT的な第一歩:考えを外に出す)
• 仕事前に「今日やることは3つだけ」決める(注意の拡散を防ぐ)
“心を無にする”必要はありません。注意を戻す練習が目的です。
3本柱は、こういう順番で取り組むと失敗しにくい
おすすめの優先順位。
1. 睡眠を整える(土台。ここが崩れると全部が乗りにくい)
2. 運動を“最小構成”で入れる(疲労感と活力を底上げ)
3. CBT/マインドフルネスで頭の消耗を減らす(集中と回復の質が上がる)
この順番にすると、「頑張ってるのに疲れが取れない」を避けやすくなります。
2週間でやる「疲れにくさ」改善ミニプラン
睡眠(毎日)
• 起床時刻を固定(休日も±1時間以内)
• 就寝90分前は画面と重い仕事を避ける
• カフェインは就寝6時間前まで
運動(週3〜5回)
• 早歩き20分(通勤や昼休みに分割でもOK)
• 週2回だけスクワット10回×2セット
頭の疲れ(毎日)
• 呼吸3分(朝 or 昼)
• モヤモヤをメモに3行だけ書く
そして、毎日「0〜10点」で
• 夕方の集中力
• 帰宅後の余力
• 翌朝のスッキリ感
をメモすると、変化が見えやすくなります(研究の尺度ほど厳密でなくてもOK)。
参考文献
参考文献は本文中の青文字となっている個所に挿入しています。青文字の箇所をクリックすると、元論文などをご覧いただけます。