疲れにくい体は「睡眠」でつくれる
「疲れにくい体」とは、単に筋力やスタミナがある状態ではありません。
• 同じ仕事量でも疲れにくく。
• 疲れても一晩で戻りやすく。
• その結果、仕事のパフォーマンスが落ちにくい状態。
こうした“仕事の体力”は、研究上も「身体・認知(頭)・感情・やる気」といった複数の要因があり、○○だけをすればOK!というものではありません。

「疲れにくい体」と「仕事の体力」を分けて考える
「身体の疲れ」だけでは説明できない
たとえば同じ一日でも、こんな差が出ます。
• 体力は残っているのに、集中できない/ミスが増える
• 家に帰っても、気持ちが張り詰めたままで休まらない
• 眠っても、回復した感じがしない
このあたりまで含めて扱うのが、この記事でいう「疲れにくい体」「仕事の体力」です。
研究では「疲れ」をどう数値化している?
① MFI-20(多面的疲労)
疲労を「全般」「身体」「精神」「活動性の低下」「意欲の低下」など複数の側面で見る質問票です。 “体が重い”だけでなく、“やる気が出ない”“頭がぼんやり”も疲労として扱う発想に近いです。
② OFER(仕事疲労:急性・慢性・回復)
「今日の疲れ(急性)」「蓄積疲労(慢性)」「勤務間で回復できているか」を分けて見る質問票。 “休めば戻る疲れ”なのか、“積み上がっている疲れ”なのかを区別できます。
③ WLQ / WPAI(プレゼンティーズム:出勤しているのに出力が落ちる)
プレゼンティーズムは、ざっくり言うと「出勤はしているが、体調(睡眠含む)のせいで仕事の質や量が落ちている状態」です。
WLQ系の考え方では、仕事の落ち方をたとえば次のように分解します。
• 時間管理:予定通り進められない、段取りが崩れる
• 身体的負荷:体がつらくて作業が遅い
• 集中・対人:考える力が落ちる、会話がしんどい
• アウトプット:量・質が落ちる、締め切りに間に合わない
つまり「生産性が◯ポイント下がる」は、実感に直すと、段取り・集中・コミュニケーション・成果物のどれか(または全部)が落ちる、ということです。
なぜ睡眠を取らないといけないのか
①:プレゼンティーズム(出力低下)が増える
日本の就労者(約2,900人)を対象に、プレゼンティーズム(WLQ短縮版)との関連を見た研究では、7〜8時間睡眠の人と比べて、睡眠が短い人ほど「仕事の生産性ロス」が大きいことが示されています。
• 5〜6時間:生産性ロスが 約6.8%ポイント多い
• 5時間未満:生産性ロスが 約10.5%ポイント多い
この数字を体感に翻訳すると、たとえば
• 本来100の力が出せる日に、常に93〜89くらいで働いている
• 「気合で埋める」分、判断ミス・手戻り・先延ばしが増えやすい
というイメージです。
②:メンタル不調(うつ等)のリスクが上がる
睡眠問題(不眠)は、将来の抑うつ発症リスクを高めます。
縦断研究のメタ解析では、不眠がある人は将来うつ病になるリスクが約2.1〜2.6倍高いと報告されています。
ここが重要で、睡眠を削ると
• 仕事のストレスが増える
• 回復できない
• 気分が落ちる/意欲が落ちる
• さらに眠れない
という悪循環に入りやすくなります。
③:ストレス対処力が落ちる(怒りっぽい/不安定/折れやすい)
睡眠が崩れると、疲労は「体」だけでなく「感情・やる気」にも広がりやすい(多次元)という整理と相性が悪いです。結果として、同じ出来事でもダメージが大きくなり、翌日に持ち越しやすくなります。
「効果量の大きい」3つの対策
① 睡眠改善(最優先)
睡眠は「疲労」「集中」「気分」「回復」の全部に効くので、費用対効果が高いです。
CBT-I(不眠の認知行動療法)の平均的な改善幅
慢性不眠に対するRCTのメタ解析の要約として、平均で
• 寝つくまでの時間:約19分短縮
• 夜中に起きている時間:約26分短縮
• 睡眠効率:約10%改善が報告されています。
職場のデジタルCBT-I(Sleepio)のRCT:プレゼンティーズムが“%”で改善
大企業の従業員を対象にした研究では、WPAI(過去7日)で測った「出勤中の生産性低下(presenteeism)」が
• 介入前 43.6% → 介入後 28.2%(-15.4ポイント)
• 待機群は -2.41ポイント
という改善でした。ここでのWPAI「presenteeism」は、本人が「睡眠問題で仕事の効率がどれだけ落ちたか」を0〜10で回答し、%に換算する仕組みです。
→ 体感に直すと、**“仕事中の目減りが、かなり戻る人がいる”**ということです。
日本の就労者向けアプリ介入(JAMA Network Open):不眠症状と仕事機能が改善
就労者を対象にした短期の行動療法アプリの研究では、不眠重症度(ISI)が12.13 → 6.46(3か月)と改善しています(待機群は3か月で 11.50)。さらに「仕事の支障」を0〜10で測る指標(Sheehanの仕事領域)も改善しています。プレゼンティーズムの指標(WLQ:0〜100で高いほど良い)も、3か月で92.70 → 95.43の改善が示されています。
何をやればいい?(現実的な順番)
いきなり完璧を狙うより、効果が出やすい順に並べます。
1. 起床時刻を固定(休日も±1時間以内)
2. 「寝床=眠る場所」に戻す(眠れないのにベッドで粘らない)
3. 睡眠時間を“増やす”より、睡眠効率を上げる(寝床の滞在時間をだらだら伸ばさない)
4. 可能ならCBT-I(対面/デジタル)を使う→ 自力でやるより、手順が明確で効果が出やすいです。
※不眠が続く場合は、睡眠外来など医療機関も検討してください。
定期的な運動習慣
「睡眠の改善」と言うと、寝る前の工夫だけに目が行きがちですが、実は日中の運動は睡眠に効きます。
どれくらい改善する?
健康な成人を対象にした「2か月以上の定期的運動」のRCTメタ解析では、運動群は対照群に比べて
• PSQI(睡眠の質):-2.19点
• ISI(不眠の重症度):-1.52点
• ESS(日中の眠気):-2.55点
改善しています。
PSQIは0〜21点で、点が低いほど睡眠が良い指標です。
2点以上の改善は、体感としても「寝つきや中途覚醒がマシ」「朝の戻りが違う」につながりやすいレンジです(個人差あり)。
運動は何をやればいい?
メタ解析でも「週3〜5回」など継続的な頻度が前提になっています。
ビジネスパーソン向けの落としどころは、まずこれです。
• 週3回 × 20〜30分の早歩き(息が少し上がる程度)
• 余裕が出たら週2回 × 10分の筋トレ(自重)を足す
ポイントは「頑張る」より、睡眠のために“淡々と積む”ことです。睡眠は数日ではなく、数週間〜数か月の平均で効いてきます。
CBT(認知行動療法)・マインドフルネス(ストレス対処→睡眠にも波及)
睡眠を邪魔する原因の上位は、ざっくり言うと
• 体の興奮(交感神経が落ちない)
• 頭の興奮(反省会・先読み不安・仕事の思考が止まらない)
この「頭と心の疲れ方」を変える手段として、CBTとマインドフルネスは相性が良いです。
どれくらい改善する?
職場のマインドフルネス介入(RCT)のメタ解析では、効果の大きさを表す効果量として
• ストレス:g=0.56
• 不安:g=0.62
• 心理的苦痛:g=0.69
• ウェルビーイング:g=0.46
• 睡眠:g=0.26
といった改善が報告されています。
※g=0.2が小、0.5が中、0.8が大、という目安で語られることが多いです。マインドフルネス単体で睡眠への直接効果は“小さめ〜中くらい”ですが、ストレスが下がることで睡眠が戻りやすくなるのが実務的な価値です。
何をやればいい?
• 1日5分:「呼吸に注意を戻す」練習(雑念が出たら戻す、を繰り返す)
• 週1回:振り返り(“反省”ではなく、“事実・解釈・次の一手”に分ける=CBTの型)
まとめ:うつ予防のために効果の大きい3本柱
会社が押さえる3本柱
• 運動:歩く+筋トレを“仕組み化”
• 睡眠:削らせない働き方+生活リズム支援
• ストレス:セルフケア教育+相談導線の整備
個人が押さえる3本柱
• 毎日少しでも動く(まずは+1,000歩)
• 睡眠を守る(不眠はうつリスクを上げやすい)
• 抱え込まず相談する(早いほど回復しやすい)
組織として「睡眠不足」があるとどんな損失?
個人の問題に見えますが、睡眠不足が増えると組織の損失は主に2つで膨らみます。
損失①:プレゼンティーズム(出勤中の目減り)
RANDの推計では、睡眠が短いほど生産性損失が増え、6時間未満の人は年間で約6営業日相当の損失という形で示されています。
また、日本の就労者研究では、7〜8時間睡眠の人に比べて
• 5〜6時間で 約6.8%ポイント
• 5時間未満で 約10.5%ポイント
プレゼンティーズム由来の生産性ロスが大きい、という関連が報告されています。
損失②:メンタル不調のリスク(休職・離職・医療費・配置の組み替え)
不眠は、将来の抑うつ発症リスクを約2倍に高める、というメタ解析があります。これは「本人がつらい」だけでなく、組織にとっても 休職対応・引き継ぎ・採用・教育コストにつながります
会社での“ざっくり試算”の例
例:社員100人、平均の年間人件費600万円だとします。
年間人件費は 6,000,000円 × 100人 = 600,000,000円。
ここで「睡眠不足で平均2.4%の生産性損失がある」と仮置きすると(RANDの推計の読み替え)
600,000,000円 × 0.024 = 14,400,000円(約1,440万円/年)
が“目減りの規模感”になります。
もちろん、これは
• 生産性=人件費、と単純に置いた概算
• どの職種・どの程度の睡眠不足がどれだけいるかで変動
という前提つきですが、「睡眠を整える投資」が検討しやすくなります。
まとめ
睡眠は“疲れにくさ”の土台。
短い睡眠はプレゼンティーズム増加と関連し、7〜8時間睡眠と比べて5時間未満では生産性ロスが約10%ポイント大きいという報告もあります。
• 運動は睡眠改善の重要因子。定期運動でPSQIが約2.19点改善など、定量データが報告されています。
• CBT/マインドフルネスはストレス対処を改善し、結果として睡眠にもプラスに働きやすい(職場介入のメタ解析でストレスが中程度の改善・睡眠は中~小程度の改善)。
参考文献
参考文献は本文中の青文字となっている個所に挿入しています。青文字の箇所をクリックすると、元論文などをご覧いただけます。